教会ニュース
証し 私が自信を失っていた時
FE子
私が初めて教会に行ったのは、看護学生の2年生の時でした。
寮の後輩が地元の教会に毎週帰るのが大変になり、近くの教会を
探していました。
物好きの私は、散歩がてら一緒に教会について行きました。
その時、教会の牧師さんは私に
「あなたは今、幸せですか?」
とおっしゃいました。私はとっさに返事ができませんでした。
そして牧師さんは
「あなたのために命を捨ててくださった人がいるほど、あなたは
大切にされているのだから、幸福なはずです。」
とおっしゃたのです。
そのころの私は、自己嫌悪の固まりで、貧しい農家を継ぐために
一生働ける資格をと、看護学校に入り寮生活をしていたのです。
自信を失ったり、不器用さに悩んだり、暗い闇の中を歩いているようでした。
それから時々、教会の特別伝道集会や学び会に、お茶やケーキに誘われて
出かけました。
月に一度か二度、教会で聖書のお話を聞き、読んでも、その時だけの
感動でした。
その年の秋に、東京で、国際的な伝道者ビリー・グラハム大会がありました。
私もそれに参加しました。多くの人が集まり、聖書の話を聞き、賛美し、
「神を信じる者は出てきなさい」
と言われて、みんな中央に行くのですが、それでも私は行けませんでした。
何か宗教の世界に足を踏み入れる不安も大きかったのです。
そのあと夢を見ました。牧師さんが何か捜しているので、私もいっしょに
捜しましたが、見つかりませんでした。
次の朝、目が覚めて、それは私だ、信じられずに迷っている私だと気づきました。
今は理解できない話も、信じて一歩前に出て聖書を読まないから、わからないのだと。
そんな中で洗礼を受けて26年、日々神様から恵みを受けながら、あの暗闇の中で
一すじの光を見つけられて、歩いてこられたと思います。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。」マタイによる福音書11章28節
私の重荷は、自分の人生、生きる道、生き方がわからなかったのです。
その重荷をイエス・キリストにゆだねて歩んでこられました。
相変わらず弱い私ですが、神様を信じられて、神様のために生きられたと
思っています。